「おしゃれに自信ない人はアパレルの会社に入ってはいけない?」自問自答日記

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こっの自問自答部屋へようこそ

2020年新卒。変な人のこっちゃんです。
この記事は「おしゃれ」にそんなに自信がない西日本代表。『こっ』が「おしゃれに自信がない人はアパレルの会社に入ってはいけないの?」という疑問に自問自答しながら書く日記みたいなものです。

ふわっと香る、スタッフの面白さや、個性を大切にする会社の姿勢に誘われて、「おしゃれ」にさして興味がないのに入ったアパレルの会社。日々、ファッションを心から楽しむ先輩や同期に囲まれ、自分と周りの違いをひしひしと感じています。
「おしゃれにそんなに興味がないのは変なのかな?でも自分が今まで生きてきた道や考えは間違ってないし…」と自分の今までのファッションへの考えや、これからの自分の仕事について、色々な隔たりを感じ自問自答する機会が増えました。
今回はその自問自答の中核となる、「おしゃれがよくわからない私ってこの会社に存在していいの?」という問いについて、色々考えていこうかなと思います。

この日記は、私と同じ思いだけれどズーティーに興味を持っている方や、「おしゃれって何やねん」と私と同じく思っている方に読んでもらえたらなと思っています。

『おしゃれ』ってなんだろう。

辞書で「おしゃれ」を引くとファッションについて洗練されている状態やその人を指すそうです。洗練されているってどんなことかわからないけれど、日常生活では「おしゃれ」という言葉は良く耳にします。

私は、あまり自分が「おしゃれ」かと言われたら微妙だなと思っています。それは、いる環境によって私の服への評価が変わるからです。
どこのグループや人が見てもおしゃれと言ってもらえるほど、抜きんでた洗練された?服や合わせ方を知らないなと感じています。

でも「おしゃれ」と思われなくても、服が自分の見た目や内面に合っているという感覚があれば、自分はそれで構わないとも思っています。服ってそういう一面もあるような気がしていて、私は自分にあった服をよく選ぶようにしています。

だけど、例え同じ服を着ていたとしても、なんだか根本的に会社の人たちと持っている熱の違いがあるように思うのです。おしゃれの熱やファッションの熱。目をきらきらさせて雑誌を読む同期や、少し外見を見ただけで「こんな服が似合うと思う!」と見抜く先輩。とても素敵だなと思うけれど、私はいまいちその熱を持てないでいます。

そもそも、おしゃれというのは不確定なところが多くて、私にはよくわからないのです。私が「ださい」と思う服も、「おしゃれな服だ」という人達が存在しています。そうなったら、私が思う「おしゃれ」が「ださい」ということなのか?というと、それも違っていて、私と同じ感覚を持っている人もいて、同じく共感してくれることもあります。

私は、ますます意味がわからなくなっていきます。そもそもじゃあ「ださい」って存在しないのではないか。と思うけれど、実際にその言葉は使われているし…

もしかしたら、年齢と服の問題なのかもしれない。年齢的に合っている服を着ないと洗練されていないように見えてダサいことになるのでしょうか?
例えば4歳の女の子が着ているかわいい少女的なTシャツは、その子の年齢に合った最高のおしゃれだとしたら…うーん、でも、たとえ同じTシャツを大人が着ていて、その人がとても幸せな気持ちになれるならそれでいいなとも思う…
服を着て幸せになるという服のとても大事な意味を果たしているならそれは、「おしゃれ」ではなくともそれはとても素敵なことなのです…じゃあ、もはやおしゃれでならなくてもいいのかな…?おしゃれってなんでするんだろう…

街を歩いていて、白髪のおばあちゃんがミニスカートを履いているのを見たことがあります。その方は周りをかき分けるように歩いていて、いろんな人の視線を浴びていました。私はそれをとても「かっこいい」と思いました。おしゃれとかわからないけれど、その方の人生を表しているようで、そのファッションが美しいと思ったことがあります。

そう思うと、本当におしゃれって何かわかりません。他人が決めることでは無いようにも思えてきます。
でも、その人がどんな人か、それを素敵に表現する方法がファッションであるんだろうなとは思うのです。
洗練されているかどうかが基準でも、それは人それぞれが違う感覚を持っているし、本当に判断して良いものなのかわかりません。もしかしておしゃれは自己表現がより良くできているということなのでしょうか?

でもちがうんだろうな。色々テクニックとかあるし、おしゃれな人というのは事実存在しているし、おしゃれな服を作ることでお仕事をもらっているデザイナーさんも事実いるのだから。
気持ちの問題だけでは解決しない領域なのかもしれません。もう、おしゃれ、わかりません。全く。

「自分が着たい服」はなんとなくわかるけれど、人におすすめするとなると「コレは本当におしゃれと言っていいのだろうか」ととても悩ましく思います。

けれど、私はズーティーというお洋服をお客様に売る会社に勤めています。簡単に「わからない」では済ませてはいけない売り手側の人間なのです。そしてこれから先、お客様に「おしゃれ」になることを提案することも多くなると思います。
当然ですが、「おしゃれになりたい」と思って買った服を着て「おしゃれ」になれなかったら、悲しい気持ちだと思います。ズーティーのお洋服は、「おしゃれになりたい」「素敵になりたい」という思いを叶えるお洋服だと私は思っています。

きっと、お洋服を売るということは、お洋服のプロとして「おしゃれにさせる」という責任がくっついて来る。お客様の素敵になりたいという期待に答える。そんなお仕事のようにも思います。

『おしゃれにさせる責任』を果たすために自信のない私ができること

じゃあ、おしゃれに自信がない自分ができることって何だろう。そう思って考えた案は2つです。とても当たり前のことですけれど。

1つ目は「おしゃれ」技術をより多く学ぶということです。
これはもう、お洋服を売る会社に勤めている上で、私のような人間が一番やらなければならないことだと思います。

”「おしゃれ」ってどういう時に感じるのかな”
”どういう風に着こなせば「おしゃれ」なんだろう”

そんな感覚や、知識はいろいろなところから勉強して、おしゃれな人のまねっこをして学んで行くのではないかなと思います。
やはり『おしゃれにさせる責任』を果たすためには、「おしゃれ」というものをもっと知らなければならないし、そして自分の思う「おしゃれ」を沢山集めていくことが今のヒヨッ子の私には必要かなと思います。

2つ目はおしゃれに自信がない人に寄り添うということです。
きっと私にできる役割だし、多分この先忘れてはいけない感覚だと思います。
ズーティーのお客様の中には、私みたいなおしゃれに自信がない。どうしたら「おしゃれ」なんだろうと考えているお客様も沢山いらっしゃると思います。
そんなお客様の悩みやつまづきに寄り添って、そして、自分が勉強したり吸収した知識、感覚を、その方々のために使う。
「おしゃれ自信ない」さん代表として先を走り道を作り、仲間たちに道案内をしていっしょに「おしゃれ好きさん」や「合う服を着るさん」になっていく。
それが私みたいな人の1つの理想的な存在意義なのかなと思います。

そして、この2つを果たすために、私は今「おしゃれに浸かってみる」という試みをしています(もはやこの試み自体が、私がダサい人間であることの証明であるようにも思えるけれど、一旦目を瞑っていただきたい)。自分には縁遠いものだと思っていたファッションやおしゃれに、一旦染まってみて自分がどう思うのか。自分を実験体にして色々と小さく始め、「おしゃれよくわからない人」として、もがきつつチャレンジをしていて、少しずつ気持ちが変化してきつつあります。また、機会があればそのお話もさせていただきたいなぁ。

自問自答を終えて

いかがでしたでしょうか。
かなり前半自問自答をしてましたね。自分でもそのボリュームに驚いてます。私は、ファッションというものと、おしゃれを混合している部分もあるかもしれません…
もしかしたら、ファッションは、より精神的なこと、おしゃれはよりテクニック的なこと、に近いのかもしれないです。いや、しらんけど。もう、わからん。自問自答は続くばかりですね。

私みたいな人もきっといる意味があるという自分への鼓舞的意味合いのある記事ではありましたが、同じ思いの方や、全然違う考えの方への参考にもなればと思います。

きっと、おしゃれに自信がなくても、かっこ悪くてもダサくても、目標をもって努力し続けられたら、どうにか何事も乗り越えられるはずです。そうだといいな。
そんな希望と葛藤を抱えながら一歩ずつですね。頑張っていこうと思ってます。
ではまた機会があれば、自問自答日記でお会いしましょう。
ほなまた!

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